Google+のテキスト装飾記法について

発言やコメントなどで使える特殊記法。

*こんな風に書くとこうなる*
こんな風に書くとこうなる

_こんな風に書くとこうなる_
こんな風に書くとこうなる

-こんな風に書くと…-
なにもならなくて、
-こんな風aに書くとこうなる-
こんな風aに書くとこうなる

打ち消し表現だけは、囲まれた範囲に半角英数字が含まれていないと
打ち消されないという仕様がある(現時点?)ので、結構みんなハマる。

ちなみに、こいつらは、組み合わせて同時に使えるよ。

*_-ほAげー-_*
ほAげー


ちょっと、取り消し線の挙動だけが非常に特殊で分かりづらいので、まとめてみます。

基本: 「半角英数字」が範囲内に含まれているか、
前置-の直後と、後置-の直前に、半角スペース以外の文字が隣接していること。

後者の説明は、なにがなにやらですね。もうちょっと詳しく書くと…
前置-の後ろには半角スペースを入れてはならない。
後置-の前にも半角スペースを入れてはならない。
- a-
-a -
上記がダメなパターン。

で、実は一部の記号文字でもこの機能を果たします。
->あ-
-あ>-
-<あ-
-あ<-
OKなパターンね。

しかし、これ以外の半角記号文字を代用に使うには、
-あ !-
-! あ-
みたいに、半角スペースを「入れなきゃダメ」です。謎い…。

実は、上の組み合わせ技の例で-を一番内側にいれているのは、このルールの影響を考慮するのが面倒だからです。
取り消し線を一番外側にして組み合わせ技を使おうとすると…

-*_a ほげー_*-
a ほげー

これはいくらなんでも複雑すぎるだろ!w

追記。
基本textile記法で、
間に半角英数字が必要なのはおそらくバグだろうとの事を聞きました
そうだよね。半角英数字がいらなくなれば、
こんなトリッキーな事考えなくても普通に使えるようになるよね!
修正待ちー。

ブログをXrea上のNucleusからはてなダイアリーに移行してみた

長きに渡りお世話になっていたXREAサーバ&Nucleus

Nucleus自体がレガシーであると感じたのと、
XREAが異常に重い時があるので、
これを期に、移行してみようかと。

どうせ、大してカスタマイズしないんだし、
どっかのブログサービスでいいやーと思いつつ、
やっぱり、一応、IT従事者なのではてダに住んでた方がいいかなー。
みたいな。

過去の日記は見たくもないのですが、web + log = blogなので、
情報はなるべく消したくない。
というわけでNucleusからMT形式でエクスポートして、はてダへインポートしました。

まだチェックしてないけど、画像系は怪しいかな?
メディアファイルアップローダーの中身をごっそりローカルへ持ってきておいて、後からちまちまとアップしてリンクを貼り直せば大丈夫だろう、きっと。

理想の形を、夢の現実化を、絶対に諦めるな。
そのために、今、自分が何をすべきか、自分には何が必要なのかを、よく考えるんだ。

ミスがあれば、変わらない。
正解を選べば、徐々に近づいていける。

今はまだ、終焉の時ではない。
諦めが終焉を呼びよせる。

登場人物達は、いつまで耐え続けられるだろうか。

以上。

ご心配をおかけしました。

一日でも、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。

昨晩?記事を書き散らしてから、
ただ逃げたい・終わらせてしまいたいという念に駆られたまま、
どうしても礼を言っておきたかった人達には「ありがとう」とだけ伝え、
24時間365日オンラインにしているPCの接続を断ち、

彼女が私の家に残していった、羊のぬいぐるみをポケットへ入れ、
彼女が昨年の今頃(かな?)に、置いていったマフラーを身に付け、
頭の中は空っぽで、ただ、終わらせるつもりで、ぶらりと外へ出て、
行くあても考えず、あったとしても電車も動いておらず、それでも、ただ呆然と家を出ました。



駅へ向かい、タクシーを見て、そこで突然、

「終わらせる前に、彼女がちょっとお気に入りだ と言っていた公園を探しに行こう」

という考えが生まれて、その公園の位置や名前は知らなかったのですが、彼女の家の周辺にある公園を探しました。

運転手さんと見当を付けて、そのあたりで降車させてもらい、一人で歩いて探しながら、
中学の頃からの、唯一の親友に、何も伝えられていないことを思い出したので、携帯から連絡しました。


彼の声を聞いて「ありがとう」と「彼女と別れた」「最後に親友の声が聞けてよかった」
それだけを告げたところ「今どこにいる。今から行くから待ってろ。」と言ってくれましたが、
その時はまだ、答えられず、泣きじゃくりながら振り切って電話を切り、電源も落とし、公園へ向かいました。



間違いなくここだという確信が得られたわけではないですが、なんとなく、
「ここかな?違っていたとしても、近いだろうし、ここでいいや」という気持ちになれる場所を見つけ、
ソラを見ていられるように仰向けに倒れて、しばらく、過去の思い出を噛み締めてました。


体がだいぶ冷たくなって、手の感覚も、足の感覚もとっくになくなり、
「このまま寝てたらもう起きなくて大丈夫かな?さすがにそれはないか…」
「ちゃんと終わらせるなら駅まで行ったほうがいいな。でも、まだもう少しだけこうしていたい」
と思って、続けて色々と考えていましたが、ちょっと無になりたくなってきたので、目を閉じ、
始発が動きだす時間にも、もうすこし余裕があったので、とりあえずこのまま寝ていようと思いました。

寒ければ寝れると思っていたのですが、今日の気温くらいでは意外と寝れないもので、
ちょっと、この場所以外の公園に行ってみよう、と思って立ち上がり、また歩きはじめました。



着いたのは、さっきの公園よりも断然小さく、丸い小さな緑のおもちゃのような椅子が二つと、
砂場とブランコとベンチ一つくらいしかない場所でした。

こんなに寒いのに、雨だってぱらついているのに、
人も通ってないのに、その緑の椅子の上に、

一匹の猫が居ました。

最初、私は気づかず公園に踏み込み、私は鳴き声で初めて認識し、その時すでにかなり近い距離に居ました。
私は、公園や野良の猫とは相性が悪いらしく、いままで、目をあわせるなり警戒され、
一歩でも動こうものなら、逃げられてしまう事しかなかったのですが、

その猫は、私が足を止めて存在に気づくと同時に、椅子から飛び降りて私の足元へ擦り寄ってきました。
恐る恐る、撫でてみたけれど、逃げられませんでした。
初めての出来事だったので、嬉しくて、もうちょっとこの猫と一緒にいられるかなと思い、
その猫が座っていた椅子まで歩いて行くと、しっかりと付いてきてくれて、
私が腰掛けても、まだ足に擦り寄ってきたので、そのまましばらく撫でていたら、

当たり前の様子で、となりの椅子まで歩いていき、その椅子の上に座り、一緒にいてくれました。
時折、こちらを見て「にゃあ」と鳴いてくれて、私も泣きながら、その猫に話しかけていました。
そこで口に出すまでは、気付いていなかった事で、とても大事な事を気付かされました。



「彼女は、俺が居なくなった世界でも、ちゃんと幸せに生きていけるかな」



その言葉を口にした瞬間から、
どう考えても、私がしていることは、自分の辛いという気持ちを終わらせる為にしていることでしかなく、
それこそ、私が死んで、消える事は、彼女にとって、絶望以外の何物も生まないと。

彼女は絶対に、私が終わった事を知ったとしたら、
今よりもっと、もっと、もっと、それこそ永久に癒えない傷を背負わせてしまう。
そんなものを彼女に背負わせるわけにはいかない。
という事に気付いてしまいました。

ここで、このまま、私が死ぬ事は、
自身の逃避でしかなく、彼女の事なんてなにも考えられていない。
そう感じてしまった以上、もう、先ほどまでの気は持てず、どうしようもなくなってしまいました。



ちょっとの間、その猫に話しかけてから、立ち上がり、
その猫に「じゃあ、またね」と言う、別れの言葉を口にしていました。

もう一度、元の公園に戻ろうと歩いている最中、再度、携帯の電源を入れ、親友に連絡をとり、
今、自分がいる場所を伝えました。


彼と私が合流した後、最初は何を口にしていたか覚えてないのですが、
覚えている事は「悪いけど、事情を言う前に、思い切り殴ってくれ」と口にしたこと。

その言葉を聞いた彼は「っしゃ」と振りかぶり、間髪入れず躊躇なく、殴ってくれました。

一発で私は崩れ落ちて、右足を捻挫し、顎も痛く、寒さも相まって、軽く脳震盪も起こしていましたが、
なによりも、ただひとりの親友である彼に私の事を殴らせてしまった痛みの方が何万倍も痛かったです。

崩れている私を乱暴につかみ上げ、私はまともに立てず、それでも自分で立てと背中で語りながら、
さっさと歩きだし「いくぞ、飯奢れや」という言葉と姿を、だんだんと狭窄していく視界から外すことなく、
全力で、それでもよろよろでしたが、足を引きずりながら、ついていきました。

程なくして、視界がゼロとなり、体から力が抜けて、再度崩れて、動けなくなってしまいましたが、
無言で戻ってきて、私のコートのフードを再度掴み上げ、引き起こされ、引きずられる瞬間に、
頭や視界は段々と回復してきて、ただ、歩きづらい足がもどかしかったですが、
遠ざかる彼を見失わないように、駅前まで歩き、ファミリーレストランで食事をし、
全てを話した上で、彼の感想は、


「そりゃまぁ弁解の余地はない。全面的にお前が悪いし、100人に聞いてもお前が悪いって言うだろう」
「自業自得だ。どっかの国なら懲役モンの事をしたんだから当然の報いやな」


と、言ってくれました。流石、彼だと思いました。気持ち良い程にしっかりとトドメを刺してくれました。
私の話しを聞いてなお、優しさだと擁護してくださる方々の気持ちも、嬉しかったけれど、
私は自分で自分のした事が許せないし、全て100%自分の自業自得だと思っていたので、
それを直球で突いてくれる、優しさを感じました。

それからしばらく、それでもやっぱり、彼女が好きだと言う気持ちを漏らしていましたが、

お前が救いを望んじゃいけない。
あとはもう彼女次第なんだから、お前はどうすることもできないし、しないほうがいい。
これ以上したら本当に今度はキモがられるぞ。

咎めの言葉をいくつか聞いた後、他愛のない雑談や、学生時代の昔話や、アニメの話、会社、仕事の話…
沢山雑談をしてました。

やっぱり、話をしている最中も、ここに彼女がいたら楽しかったのにな。とか、
何かの話をすれば、彼女を連想、想起してしまうのはどうしようもなかったですが、
それでも、だいぶ、気は落ち着きました。

心は相変わらず、彼女の事を求めていますが、それをやめるつもりも、消すつもりもないです。
このままずっと抱えていようと思います。彼女の事を信じて。

その為にも、私はまだ生きてなきゃならない。


心配かけてごめんなさい。

ただいま。

ikiru kiryoku

本当に大切な人を失いました。

何にも代えられぬ大事な人を傷つけ、裏切り、自ら行った行為で、
遠ざけざるを得ない事にしてしまいました。

私には、目標があり、思えば、その目標のための一歩を踏み出したときから、ずっとそばに居てくれました。

目標の為に生きる上で、どんなことがあっても、その人が居てくれたから前だけを見ている事ができていました。

支えになってくれていた大切な人を、失いました。

このブログは、私が高校くらいの頃から書き溜めていますが、
20代になってからは、年に一度でも更新したら珍しいくらいのブログです。
過疎ブログなので、誰も見ていないでしょうし、きっと一番読んでもらいたい、
大切な人にもこのエントリは届かない。
届けたい気持ちはあるから書いてるのだけれど…。


高い目標に対して、牛歩状態で、到底一生掛けても辿り着けそうにない道で、挫けそうでも、彼女が居たから

彼女と過ごせる未来があれば、それだけでよかった。
本当にそれだけで十分だった。
それなのに、自分のエゴと傲慢さで、とんでもない間違いを犯した。

俺はずっと目標に向かって、ゆっくり歩いていって、
疲れたときに隣に彼女がいてくれたら、それだけで頑張れた。

もう、私は歩けない。
目標の輝きは失ってないけれど、そこに行けたからといって、何の意味があるのか。
もう、隣には彼女が居ません。その時に、一緒に笑ってくれる人は彼女であってほしかった。

あるいは目標に辿りつかなかったときに、
そばにいてくれたはずの彼女の優しい微笑みを見る事は、許されないようです。

神だなんだってのが居るなら、何でもする。
ありきたりな発想だって、誰だってこうなればこうするってテンプレに自分が乗っかってるのだってわかってる。

でも、お願いだから、もう一度だけ、彼女と歩む事を許してください。
私の人生には、まだ、彼女の存在が必要です。
傲慢だし、そんなの自己責任だし、当然の報いだとは理解してる。
それでも、お願いだから、俺の間違いを許してください。

彼女ともう一度、一緒にあるいて行く事ができる自分を創るには、
どうしたら良いのか誰か教えてください。

あなたが私に思ってくれるように、
あなたにとってこれ以上辛くない選択になるのであればと思い、
俺もあなたのためを思って、キリをつける事を決意したんだ。
もっと前から、本当にあなたの事を思うなら、引き止めちゃいけないって考えはあった。
けれど、そうじゃないと、もっと本当にあなたのことを考えたら、私と居ることがあなたのためにもなると、そう思って苦しいけど、何度も何度も引き止めようとした。



私はこれから、数ヶ月は会社とこの家を行き来し、会社を辞めます。
しばらく、なにもしたくない。
あなたの影を探しながら、自分の生きている意味を考え直します。
これを依存と呼びたい人が居るなら、勝手に呼べばいい。

誰も見ていない過疎ブログだから、言っても大丈夫。

私が抱えてる目標なんて、どうせたどり着けるわけがないのだから
今、死のうが死ぬまいが、同じ日常が溢れていて、
その中で、きっと彼女に私が死んだことは、伝わらない。
伝わらずに、きっと生きてくれる。

ほら。生きていようが、死んでいようが、何も変わらないじゃないか。

さようなら。



もう終わったのなら、これ以上何かが変わることがある前に、本当に終わりにした方が、幸せです。

彼女も幸せになってくれといっていました。

俺は、幸せでした。


さようなら。また、いつか。

一人の馬鹿な男が生きた証をせめて、ここには残しておきたかった。

MzScheme やら DrScheme の PLT Scheme が、Racket に名称を変更

以前から、Schemeのお勉強をしたいなーと思っていながら、PC環境が変わってから、開発環境を構築してなかったので、emacsの設定も整ってきたし、Haskellの開発環境も準備できたし、次は、Schemeだ!と意気込んで、調べてみたら、どうやら、今まで、MzSchemeとか、DrSchemeとかごちゃごちゃしてたものを、まとめなおして、Racket なるものに名称が変更された様子。

名称変更の狙いは、とにかくRacket入れればOK! というライトさとか、すぐに色々できるというおまとめっぷり。
ドキュメントも整理されてるし、サイトのトップに、Start Quicklyというのがあるのだけど、これ真似して打ち込んで動かしてるだけでも面白いw

Start Quickly で表示されてるコードの構文をクリックすると、その関数のドキュメントが開くし、地味に勉強になる。


Racket

で、emacs 上で、Racket インタプリタを実行して、エディタと実行環境をまとめたいのだけど、MzScheme とかの頃の設定方法とは若干変わってるのかなぁ。
Spawning child process: invalid argument とか出ちゃって、なかなか run-scheme してくれない…。もうちょっと調べつつ頑張ってみよう。

0:07追記-
と、思ったら、単純に、
この現象でした。
どうやら、

(setq scheme-program-name "C:/Racket/mzscheme.exe")
とかじゃ駄目で、PATH を Racket のインストールディレクトリに通し、

(setq scheme-program-name "mzscheme.exe")
としたら無事、M-x run-schemeインタプリタが起動した。

が、今のバッファのコードをロードさせたりなんだりをまだ試していない。