定義

ふと、ゴスロリ関係のサイトを巡っていて、
ゴスロリとは何か」に付いて色々な方が論じているリンク集を見つけ、そこから辿って読んでいたら、
親友がジャンル分けの必要性について書いた文を思い出した。

まず、最初に書いて置こうと思う。
「ジャンル」というモノは、その人自身の物事の仕切り板そのものだと思っている。

例えば、ある人が、「これは○○(ジャンルの一つ)だ。」と思えば、
それは、その人にとって○○という、その人の中での整理の仕方。

ただし、この場合、他人との齟齬が生まれる。
だが、その齟齬は当然有って然るべき。
むしろ、それは発生しないほうが不可解なのである。

他人と己が必ずしも同じ感性、感覚、思考を持った人間な訳は無い。
己の価値観や思考は唯一無二なものであり、それは誇るべき事だ。
ジャンル分けというモノを、内向きの概念か、外向きの概念か、と例えれば、
言うまでも無く、内向きの概念なのだと思う。
これは主観的-客観的とも言い換えられる。

では、他人と意思疎通を図る上で、明確にイメージを説明しうるには如何すれば良いか。

それは、簡単だ。
その人が持つ○○というジャンルを定義付ける説明を最初に行い、
残りの部分は実際に目にし、耳にし、他人の感覚で捉えて補ってもらえばいい。

もちろんこの時点で他人が、「いいや、これは○○○だ。」
と思えばそれはその人の中で○○○として整理されたというだけで、何ら支障は無いはずだ。

そこまでした上ですら齟齬が補正出来ないのであれば、
その人にとってその仕切り板を作る事が困難であるという事だろう。

ぶっちゃけ、要は…
その人が良けりゃ何だって良いってこったね。(ぉ